70歳の抱負

70歳になりました。ありがたいことに、まだ体も頭も動きます。昨年は、夕張岳(1668m)の頂上を往復する調査をしました。登山口(550m)を朝5時に出発し、夕方6時すぎに下山するというハードな行程でしたが、問題なく調査できました。今でもこの体力を維持しています。今後の目標として、75歳まではこの体力を維持して、現役フィールドワーカーを続けたいと思います。できれば80歳まで続けたいと思いますが、まずは5年間の目標をしっかり達成したいと思います。

5年間というと、大学院の在学期間に相当します。新しい研究に取り組んで、学位論文をしあげるまでの期間です。大学院時代より、知識も経験も豊富なので、5年間あれば充実した仕事ができます。

九州大学を退職してから4年1か月が経過しましたが、この約4年間の達成は、とても満足がいくものでした。

第一に、退職直後の4月から3年間、環境研究総合推進費『次世代DNAバーコードによる絶滅危惧植物の種同定技術の開発と分類学的改訂』の代表をつとめました。このプロジェクトは、「以下の3つの方法によって、わが国における未記載種の網羅的探索を行う」ことが目標でした。

https://www.erca.go.jp/suishinhi/seika/db/pdf/kenkyu_gaiyou/4-2001.pdf

(1)新種の可能性がある植物のリストを作成し、これらについて現地調査を行い、DNA分析用の試料と証拠標本を得る。代表者が把握しているだけでも約20種の新種候補があり、おそらく50種程度の新種候補がすでに知られている。これらの多くは絶滅危惧種であり、これらを正式に発表するとともに、絶滅リスクの評価を行い、レッドリスト掲載に向けて資料を整える。

(2)ギボウシ属など、分類学的研究が遅れており、研究を進めれば新種が発見されることが確実視されるグループについて、全国調査を行い、分類学的研究を進める。

(3)絶滅危惧種を含む種多様性が高く、新種の発見が期待される地域(九州中南部、南西諸島、四国、紀伊半島中部地方など)において全種調査を行い、新種を探索する。

このプロジェクトの最終報告書には、「35属の分子系統解析(MIG-seq解析)により88新種17新亜種の発見を報告する論文」を準備中と書いています。

https://www.erca.go.jp/suishinhi/seika/db/pdf/end_presentation/4-2001.pdf#page=12.00

この論文は投稿後に審査から戻り、いま改訂中です。この改訂作業を5月中旬までには終えて、再投稿する予定です。改訂原稿では、「129種の未記載種(新種候補)と19の未記載亜種(新亜種候補)」を報告しています。この論文では、分子系統解析と形態比較にもとづいて、未記載分類群がこれだけあるという証拠を提示していますが、これらを記載・命名する仕事が残されています。

なお、この研究成果は、福岡市科学館で開催中の「新種はっけん!展」で紹介されています。

https://www.fukuokacity-kagakukan.jp/sp_exhibition/2024/03/2024hakken.html

来館可能な方は、ぜひおこしください。ぬりえコーナーやビンゴゲームなど、多くの世代が楽しめる工夫もあります。5月18日にはサイエンスカフェ「館長新種発見伝」を開催します。

幸い、上記のプロジェクトはS評価をいただき、昨年度から3年間の新プロジェクト『ゲノム情報と正確な同定にもとづく維管束植物の統合データベース構築と多様性指標・保全優先度の地図化技術の開発』がスタートしました。このプロジェクトは、先行プロジェクトの単なる延長ではありません。未記載分類群の命名・記載を行うとともに、「正確な同定にもとづく維管束植物の統合データベース構築と多様性指標・保全優先度の地図化」を行い、植物種の保全に関する行政に貢献することです。今年度と来年度は、このプロジェクトの目標達成を最優先に、調査・研究を進めます。「正確な種同定にもとづくデータベース構築」作業はものすごく時間がかかります。このため、対象を20属にしぼっています。いま重点的に作業を進めているのが6属(シシウド属、ヨモギ属、トウバナ属、オトギリソウ属、タデ属、タツナミソウ属、センブリ属、タニウツギ属)。また、エゾボウフウ属(セントウソウ類)、トダシバ属、ウツギ属、ギボウシ属、タニギキョウ属、ハコベ属、についてもかなり作業が進んでいます。

未記載分類群の分布情報を集めるには、全国各地で植物を調査されている方々の協力が必要です。このため、「129種の未記載種(新種候補)と19の未記載亜種(新亜種候補)」、およびその類似種について写真入りで解説した『新種候補植物図鑑1・2』を出版します。アマゾンのKDPで今週中に電子出版される予定です。ペーパー版も出版します(電子版の一週間くらい後になるでしょう)。

日本の野生植物に関心がある方なら、この図鑑を手に取れば、驚かれるでしょう。私自身、日本の野生植物にこれほど多くの未記載種が残されているとは、予想していませんでした。未記載種以外にも、これまで亜種・変種・品種として扱われてきた分類群や、他種に統合されていた70種を掲載して、その特徴を解説しています。結論として、日本の野生植物が、約200種増えました。この結果は、投稿中の論文で対象としている35属に限ったものです。

論文原稿を改訂して再投稿したら、未記載種がありそうな他の属(約30)について系統解析を行う予定です。未記載分類群があと100はあるだろうと予想しています。とんでもない話です。

75歳までの人生設計として、まず2年間は、「正確な同定にもとづく維管束植物の統合データベース構築と多様性指標・保全優先度の地図化」プロジェクトの目標達成に集中します。残る3年間、さらに研究を続けられるように、予算獲得に努力します。

オトギリソウ属、タニウツギ属、エゾボウフウ属、ウツギ属、ギボウシ属、タニギキョウ属、ハコベ属などでは、これまでに考えられていたよりもずっと多くの種があり、日本国内でローカルな種分化が起きていることがわかりました。これらの種分化は、適応的種分化だと考えています。日本のように、種の密度が高く、しかも氷河や砂漠化などによるクライシスがなかった場所で、種分化が連綿と続くメカニズムは、とても興味深いものです。種の保全の行政に貢献できる研究とともに、より基礎的な研究にも取り組みたいと思います。

九州大学退職後の約4年間には、以下のような仕事もできました(長くなったので、箇条書きにまとめます。詳しくは別の機会に)。

〇福岡市科学館での、館長としての仕事:ダーウィンコース・ニュートンコースの立案・実施、SDGs家族会議のサポート、サイエンスカフェ、館長対談、館長ゼミなど。

https://www.fukuokacity-kagakukan.jp/activity/2024/03/newton.html

〇一般社団法人九州オープンユニバーシティ(QOU)の事業:九州ジュニアドクタープログラムの実施サポートなど。環境研究総合推進費もQOUで委託を受けて進めています。

新型コロナウイルス感染症流行にともなうサイエンスコミュニケーション、および心理・行動研究。

https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0235883

この論文は新型コロナウイルス感染症流行下での人間の心理・行動研究として、おそらくもっとも早く出版されたと思います。これまでに130回引用されています。心理学の銭先生がアンケート調査をその後も継続されており、ビッグデータが蓄積されています。このデータはぜひ解析したい。

〇『保全生態学入門』を26年ぶりに改訂。約四半世紀の保全生態学の進歩をレビューし、改訂版を出版しました。とても充実した改訂版ができました。未読の方はぜひお読みください。

JST SATREPS事業:環境エネルギー分野の研究主幹(リサーチ・スーパーバイザー)

https://www.jst.go.jp/global/about/pd_po.html

この仕事は75歳まで続きます。

科研費基盤研究A『東南アジア産樹木の種多様性・系統多様性・形質多様性の地理的パターン』 新型コロナウイルス感染症流行のために予定していた調査が実施できず、2022年度まで延長した末に、不満が残る状態で終了。東南アジア各地で集めた約4万6千点の標本・DNAサンプルを活用した研究を今後もぜひ続けたい。

これらの仕事を発展させるとりくみのほかにも、今後5年間にやりたい仕事は、山ほどあります。健康管理をしっかりやって、75歳まで元気に仕事を続けます。

今後ともよろしくお願いします。